「口腔ケア」は、高齢者や介護が必要な方の健康に欠かせない重要なケアのひとつです。本コラムではなぜ口腔ケアが必要なのか、その目的から具体的な方法や手順、おすすめのケア用品までを詳しくご紹介します。口臭予防や虫歯・歯周病予防といった基本的な効果だけではなく、栄養状態の改善、食欲増進、そして命に関わる誤嚥性肺炎の予防まで、口腔ケアのメリットは多岐にわたります。高齢者の方々が、より健康で快適な生活を送るための一助となる情報をお届けします。
口腔ケアとは?
口腔ケアとは、お口の中を歯ブラシ、専用スポンジやジェルなどで清潔に保つ口腔内の清浄だけではなく、噛んだり(咀嚼)飲みこんだり(嚥下)する口腔機能の向上、口の中のマッサージ、唾液の分泌、さらには身体全体の健康維持のためにも必要なケアのひとつです。

老若男女問わず行う歯みがきを連想しますが、高齢者の口腔ケアはそれだけではありません。単に歯に付着した汚れを除去して水でうがいといった、基本的な歯みがきだけではなく、その前後にもケアがあります。できるだけ自分の歯を残し、健康であり続けるためにもしっかり基本の口腔ケアを理解することが大切です。
口腔ケアの種類
口腔ケアには大きく2種類あります。
1.器質的口腔ケア
器質的口腔ケアとは、歯みがきやうがいをすることにより、歯や歯茎・舌などに付着している食べ物や歯垢、細菌を除去し、口腔内を清潔に保つためのケアです。器質的口腔ケアにより、虫歯や歯周病だけではなく誤嚥性肺炎の予防にもつながります。
2.機能的口腔ケア
機能系口腔ケアとは、口腔内のマッサージにより唾液の分泌、咀嚼や嚥下機能を活発にするケアです。機能的口腔ケアにより、本来の口の動きを取り戻し、食欲だけではなくコミュニケーション向上も期待できます。
器質的、機能的口腔ケアの両方を続けることで相乗効果が期待できます。そして最終的には全身の健康に繋がるのです。
高齢者の口腔ケアの目的について
高齢者にとっての口腔ケアは、歯みがきだけではありません。虫歯予防、口臭ケア、歯周病といった歯の健康維持はもちろんのこと、誤嚥性肺炎の予防、食欲増進など生きることへのモチベーションアップにも繋がるので、非常に重要です。

8020(ハチマルニイマル)運動をご存知でしょうか?厚労省と日本歯科医師会が推進している運動で「80歳になっても20本以上の自分の歯を」という運動です。20本以上の歯があれば、充実した食生活を送ることができる、すなわち幸せで健康な人生を送ることできる、というスローガンをもとに1989年に誕生しました。口腔ケアをしっかり行うことで、8020運動の達成にも繋げていきましょう。
口臭予防
口臭予防は、高齢者の口腔ケアにおいて重要な項目のひとつです。

そもそも口臭は、口腔内の細菌が食べかすなどを分解する際に発生するガスが原因です。特に総入れ歯や部分入れ歯、義歯は隙間に食べかすが溜まりやすく、口臭の原因に。特に高齢者は唾液の分泌量が減少し、口腔内の自浄作用が低下しやすくなります。自分では気が付かない口臭。周囲や家族から指摘を受け落ち込んでしまい、口臭を気にするばかりに会話の減少、周りとのコミュニケーションが億劫に。そうするうちに活動量、食欲の低下にもつながるので、しっかりと口腔ケアを行いましょう。
虫歯予防などの歯の健康のため
口臭予防と同じく、高齢者の口腔ケアにおいて虫歯予防も非常に重要です。
虫歯は、口腔内の細菌が糖分を分解して酸を作り、歯を溶かすことで発生します。また、歯周病によって歯茎が下がり、歯の根元が露出することで、虫歯になりやすい状態になります。

先述のとおり高齢者は唾液の分泌量が減少し、口腔内の自浄作用が低下するため、毎食後清潔に保つことが大切です。高齢者は食が細い、柔らかいものしか摂取していないからといって歯みがきを疎かにしてはいけません。具体的には、食後の丁寧な歯磨き、フッ素入り歯磨き粉の使用、歯科医院での定期的な検診とクリーニングがおすすめです。自治体によっては高齢者の歯科検診を無償で実施しているので、お住まいの自治体からの案内を確認してください。
8020運動のように虫歯を予防することで、歯の喪失を防ぎ、健康な食生活を維持しましょう。
誤嚥性肺炎の予防のため
誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)とは、嚥下(えんげ)機能低下に伴い、食べ物や唾液、胃液などが誤って気管に入り込み、肺で炎症を起こす病気です。口腔内の細菌が肺で炎症を起こすことが原因となることが多く、厚労省で公表している人口動態統計での死因順位は第6位と、高齢者にとっては注意すべき身近な健康問題です。誤嚥性肺炎のリスク要因は下記が挙げられます。
- •嚥下機能の低下
- •咳反射の低下
- •口腔内の不衛生
- •免疫力の低下
口腔ケアによって口腔内を清潔に保つことは、これらのリスクを軽減し、誤嚥性肺炎の予防につながります。例えば、歯磨きやうがいだけでなく、舌の清掃や口腔内の保湿も重要です。セルフチェックとして「EAT-10(イート10)」や専門家による定期的なチェックも推奨されます。嚥下機能が向上すると食への関心や楽しみも増すので、高齢者の健康寿命を延ばし、QOL(生活の質)の向上に貢献につながります。
口腔機能の改善
口腔ケアの目的は清潔に保つだけではありません。機能的口腔ケアの目的として、食べ物を噛み砕き、飲み込む機能を向上させることが挙げられます。
口腔機能には大きく5つあります。
機能 | 内容 |
---|---|
咀嚼(そしゃく) | 食べ物をかみ砕く |
嚥下(えんげ) | 食べ物を飲みこむ |
味覚 | 唾液と食べ物が混じり、味を感じる |
唾液の分泌 | 食事や口腔内の清潔のため |
発音・構音 | 舌や唇を使って言葉を発する |
これら口腔機能が一つでも低下すると、徐々に他の機能にも影響します。そのためにも口の周りや舌の筋肉の働きをよくするためにマッサージをしながら口腔機能を高めるようにします。こうした施術により、介護者との会話やコミュニケーションが増えることで、発音構音の効果、生きる気力にも効果が持てるかもしれません。
食欲を増進してモチベーションアップ
高齢者の口腔ケアは、生きるためのモチベーション向上に繋がります。口腔内を清潔に保つことで、食事をおいしく味わえるようになると、積極的に社会参加する意欲も湧いてきます。
例えば、
- ● 口臭が気にならなくなると、会話も弾み周囲とのコミュニケーション力が高まる
- ● 虫歯や歯周病が減ると、食事を美味しく楽しむことができる
- ● 食事を摂ることで、低栄養にならず体力も維持できる
- ● 活動的になり、フレイル予防につながる
- ● QOL向上につながる
このように単純に口の中を清潔にするだけではなく、心身の健康状態が良くなり、フレイル予防やQOL(生活の質)向上へと結びつくので、いかに高齢者にとって口腔ケアが重要であるか理解できるでしょう。
感染症の予防
口腔内には様々な細菌が存在し、免疫力が低下している高齢者は、これらの細菌が原因で感染症を引き起こしやすくなります。口腔ケアを怠ると、細菌が繁殖し、誤嚥性肺炎だけではなく、インフルエンザや敗血症により全身疾患のリスクを高めます。

これらの感染症は、重症化すると命に関わることがあるので注意が必要です。口腔ケアは口腔内の細菌数を減らすことで、感染症のリスクを大幅に軽減できます。日々の口腔ケアを徹底し、感染症から身を守りましょう。
口腔ケアの方法とおすすめ用品
口腔ケアは、介護者の状況に合わせて歯ブラシ、デンタルフロス、洗口液、口腔ケア用ジェル、うがい受けといった様々なアイテムを用いて行います。基本の口腔ケアの手順をきちんと守ることによって、お口の中を清潔に保つことができるのできるので、ここでは必要な口腔ケア用品(アイテム)をご紹介します。
歯ブラシ
歯ブラシは、口腔ケア用品の基本です。乳幼児のころから使用しているのでなじみがあることでしょう。歯ブラシを使用することで、歯の表面に付着した歯垢や食べかすを除去し、虫歯や歯周病を予防することができます。特に高齢者は歯茎が弱ってくるので、歯や歯茎に優しい柔らかい毛先もので、ヘッドは奥歯まで届きやすいもの、また握りやすい柄のものが良いでしょう。
毎日使うものだからこそ、歯ブラシはその方に合ったものを選び、丁寧にケアを行ってください。
歯間ブラシ
歯間ブラシは歯ブラシだけでは届きにくい歯と歯の間の歯垢を除去するために使用します。歯ブラシでは届きにくい歯間には、歯垢や食べかすが残りやすく、虫歯や歯周病の原因となります。歯と歯の隙間の汚れをしっかり取り除くことが大切です。

歯間ブラシは介護者の歯の状態にもよりますが、金属よりもゴム製の方が柔らかいのでおすすめです。なおデンタルフロスも歯間ブラシと同じ働きをしますが、高齢者は歯と歯の隙間が広く開いていることが多いため、デンタルフロスよりも歯間ブラシの方が適していると言われます。実際の歯の状態を観察しながらブラシとフロスをお選びください。
口腔ケアスポンジ
口腔ケアスポンジとは、口腔内の汚れを除去するために先端にスポンジがついたブラシです。ご自身で歯みがきができない方やくちゅくちゅとうがいができない方にも使えること、さらに口腔内のマッサージとしても使えるので、介護や医療の現場では口腔ケアスポンジは重要です。
口腔ケアスポンジは歯や歯茎だけではなく、頬の裏も含め口腔内をまんべんなく掃除することができます。ただしスポンジなので歯を磨いたり歯と歯の間の食べかすを取り除くことができないので、スポンジだけの使用は控えましょう。スポンジでマッサージを行うことで、口腔内を刺激するので、唾液の分泌や乾燥を防止できるのもメリットのひとつです。
ウエットティッシュ
ウエットティッシュは歯や口腔内の汚れをふき取るための不織布ティッシュです。ご自身でうがいができない介護者のためにウエットティッシュを使用することが多く、口腔ケアスポンジと同様に指でマッサージ効果も期待できます。 歯磨き剤と同じようにミント風味でスッキリできるタイプだけではなく、口を開いてもらいやすいように、フルーツやチョコレートの香りがするウェットティッシュもございます。
口腔ケア用のジェル
口腔ケア用ジェルとは、口腔内の保湿や炎症の緩和や、食べ物をふやかすことで汚れを落としやすくし、清潔に保ち、さらに殺菌効果などが期待できます。口腔内の乾燥を防ぎながら、炎症や口臭緩和にも役立ちます。
口腔ケアジェルを適切に使用することで、虫歯や歯周病、誤嚥のような高齢者の口腔内のトラブルを予防し、QOL向上に繋がるでしょう。口腔ケアジェルはウェットティッシュと同様にフルーツの風味があるものや、「無香料・無着色・アルコールフリー・グリセリンフリー・パラベンフリー」で安心成分のものなど種類は様々です。
うがい受け(ガーグルベースン)
うがい受け(ガーグルベースン・ガーグルベース)は、その名のとおりうがい時に口腔内をゆすいだり、嘔吐物を受け入れるための頬やあごにフィットした容器です。
うがい受けを使用すると、その場で吐き出せるので誤嚥のリスクを軽減し、感染症の拡大を防ぐことができます。特に高齢者や嚥下機能が低下している方にとって、うがいは誤嚥性肺炎を引き起こす可能性があるため、適切なうがい受けが必須です。また、寝たきりの方は洗面所まで歩くことが難しいため、その場で使えるうがい受けがあると便利です。

またうがい受けは、介護をする側の負担が軽減されます。すすぎで吐き出したものや嘔吐物がシーツや衣類にこぼれる心配が少なく、後片付けも簡易で済むので、より時間をかけることなく口腔ケアを実現できます。
参考までに、うがい受けはガーグルベースンとガーグルベース、どちらも呼ばれることがありますが、違いはありません。「うがい」のガーグル(=gargle)と「たらいや盆(受ける)」のベースン(=basin)を合わせた和製英語です。うがい受けの正式名は「ガーグルベースン」で商品名として「ガーグルベース」と呼ばれることが多いようです。なお英語ではemesis basinです。
基本の口腔ケア手順
口腔ケアは食前食後、就寝前に正しい手順で行うことが重要です。口腔ケアの基本は、毎日の歯磨きと口腔内をきれいにし、その方の健康状態もみながら実践しましょう。

- ① 食事前にうがいやスポンジで口腔ケアを行うと、口の中を保湿、唾液の分泌を活性するので嚥下機能の向上、食欲がわいてきます。
- ② 食後は口の中をうがいでゆすぎながら食べかす、汚れを除去します。
- ③ 歯をみがく(入れ歯を清掃する)
- ④ 舌を清掃する
- ⑤ 歯をみがく(入れ歯を清掃する)
- ⑥ 仕上げのうがい
これらの手順を毎日継続することで、口腔内の健康を維持し、全身の健康にも繋がります。
まとめ
口腔ケアの目的は、
- ●虫歯・歯周病の予防
- ●唾液の分泌
- ●口臭予防
- ●誤嚥性肺炎の予防
- ●感染症予防
- ●味覚をはじめ食欲を増進させる

清潔にするだけではなく口腔機能の向上、QOL改善、フレイル予防にもつながっています。歯みがきだけではなく口腔内全体のケアがあり、手間がかかるように思うかもしれませんが、最近では新しい技術のマウスジェルや使いやすいウエットティッシュをはじめ、口腔ケア用品は数多く開発されていますので、その方のお身体や介護の状況に合わせてお選びください。
よくある質問
うがいができない場合はどうしたらいいですか?
口を大きく開くことができないようでしたら、ウエットティッシュでふき取りましょう。フルーツなどフレーバー風味のウェットティッシュを使うとより効果的です。また口腔ケア用のスプレーもあるので、シュッとかけるだけでも口の中に潤いが保ちます。
口腔ケア用のスポンジは紙軸とプラスチック軸がありますが、どちらが良いですか?
紙軸はしなりがあるので、汚れのすみずみまで擦ることができますが、長時間使用すると柔らかくなってきます。プラスチック軸は柔らかく曲がり、水分を吸収しないので折れにくいのですが、紙よりもやや割高です。また自治体によっては廃棄の分別が必要です。まずは少量サイズで試してから、使い勝手とコストを考慮してお選びください。